リトル・ムーンライト [ベティ・ニールズ]
SHALOCKMEMO1171
「リトル・ムーンライト A Little Moonlight
(ベティ・ニールズ選集 7) 1991」
ベティ・ニールズ 三好陽子
初訳は1992年のR-933です。原題「小さな月光」,ちょっとクラシック音楽の商品の香りのする題名ですが,本作後半でヒーローのマルクが自宅で聴く音楽がディーリアスの音楽です。ヒロインのサリーナもそれに気付くのですが,日本ではあまり知られていない作曲家でしょうか?(フレデリーク・シオドア・アルバート・ディーリアス 1862-1934 英-米-独-仏と世界各地で住み,多くの管弦楽曲,声楽曲,室内楽曲などを作曲したイギリスの作曲家)。あまり大上段に振りかぶらないディーリアス的魅力が本作の原題にも表れているように思います。そしてそれをむりに邦訳しないでそのままカタカナ表記した邦題も,変わっていていいですね。
さて,選集第7巻の本作も,ベティー・ニールズらしいオランダ人医師もの。ヒロインの職業が看護師ではなく,いわゆる秘書的業務をする事務員(当時はタイピスト)となっています。オランダの男爵位をもつマルク・テル・フォーレンの秘書が退職し,派遣タイピストとしてやってきたのが本作のヒロイン,サリーナ・プラウドフット25歳です。自身はどこといって特徴のない美人でもなく,何か特技があるわけでもない普通の女性と思っています。ヒーローのマルクは独身の医師で,女性なら誰しも憧れる風貌と,医師としての優しさ,そして仕事中毒でデートする暇もないという男性です。ちょっとつっけんどんな対応をしてしまうマルクに初めは腹を立てるサリーナですが,実はサリーナが困らないように陰でいろいろな配慮をしているのがマルクでした。そして,オランダへの出張と実家への招待,母を連れてのサリーナのオランダ行きで,マルクへの愛を確信するサリーナですが,ちっともそれらしいことを言ってくれないマルク。そしてロンドンに戻ってから看護師たちの噂で聞こえてきた近々マルクが結婚するらしいという噂。ついに堪忍袋の緒が切れたサリーナは辞表を出すと宣言するのですが,それを当然のように受け止めるマルクに絶望し,アパートで泣き暮らすサリーナのもとに,ノックの音が・・・。予想どおりの結末に,なんと読者はホッとさせられるのでしょうか。結末が見えているからこそ感じられるベティ・ニールズ作品への安心感。これがベティ・ファンを辞められない理由の一つなのかもしれません。
伯爵との一夜のあとで [ジェシカ・ギルモア]
SHALOCKMEMO1170
「伯爵との一夜のあとで Expecting the Earl's Baby
( Summer Wedding 2 ) 2015」
ジェシカ・ギルモア 小池 桂
ジェシカ・ギルモアの初邦訳です。イギリス貴族の伯爵位を継いだばかりのオックスフォードの歴史学者セバスチャン(セブ)・ベレスフォードがヒーローです。その管理する城,ホークスリー城は結婚式場として一般に貸し出されていますが,その結婚式にウエディングフォトグラファーとして訪れたデイジー・ハンティンドン=クロスがヒロインです。ミュージシャンの父と女優兼モデルの母と花の名前を持つデイジー,ヴァイオレット,ローズの三人は有名人を両親に持つ美女三姉妹として常にマスコミに追われる存在でした。長女のローズと次女ヴァイオレットは双子。ローズはマスコミから逃れるためにニューヨークに渡って仕事をしています。末っ子のデイジーは姉たちと常に比較され,跳ねっ返り娘として常に問題に巻き込まれ,16歳で学校を退学させられたことで名を売ってきました。なんとか普通の公立高校を卒業し,家族に面倒をかけないように芸術専攻の大学に進み写真家として目立たずに,独立した生活を目指してきたのです。経済的にはなんの心配もいらない富裕な家庭ですが,親に甘えることなく自立の道をたどってきたデイジーの独立心とたくましさは尊敬に値する,と,彼女の話を聞いたセブは思うのでした。二人が出会った初日,雪で立ち往生して帰れなくなったデイジーをセブは城の中に案内し,そのまま二人は深い関係を結び,やがてデイジーの妊娠が判明します。父親になることを知らせておくべきだと考えたデイジーは再びホークスリー城を訪れますが,最初城の管理人だとばかり思っていたセブが実は城の持ち主で伯爵位をもっていることを明かされて驚きます。自身も祖先に准男爵を持つ家系にいることをデイジーは知っていましたが,二人の間の子供のことを考えて結婚しようと言ってきたセブの考えにはすぐにYESは言えませんでした。盛大な結婚式と愛にあふれた幸せな家庭を当然と思ってきたデイジーにとって子供のための便宜的結婚は想定外だったからです。しかし結婚した両親から生まれた子供でなければホークスリー城も伯爵位も継ぐことができないと言うセブの説得に負けて,デイジーは結婚を承諾します。そして家族には妊娠のことを明かさずに婚約のことだけを告げたのでした。さっそく翌日からデイジーの母シェリー・ハンティンドンがスタッフを引き連れて城にやってきて3週間後の結婚式の準備に取りかかったのです。マスコミにサラされるのを嫌い内輪で内々に結婚式を挙げたいと考えていたセブの思惑はすっかりシェリーの勢いに揺さぶられてしまいます。しかしデイジーの小さいときからのみんなに祝ってもらえる盛大な結婚式という想いを叶えてあげるのも必要と考え,全面的にシェリーに任せることにするのでした。二人の間に危機が訪れたのは結婚式の3日前。マリッジブルーというのか,やはり愛のない便宜的結婚が目前に迫ったときデイジーの心に迷いが生じたのです。セブに告げずに城を出て実家に戻ったデイジーを父親のリック・クロスが結婚式で演奏しようと準備していた曲をギターで弾いて聞かせ,どんな形であれ,デイジーの味方であると慰めてくれる父に,時には人に頼ることも必要だと気付くデイジーでした。一方デイジーが見当たらなくなったことで,その日の朝にホークスリー城の改革案を熱心に披露したのを冷たく断ったせいだと後悔し始めたセブは,どうやったらデイジーの心を取り戻せるか思案し,ニューヨークのローズに連絡を取ってサプライズの計画を立てるのでした。
盛大な結婚式の様子はその準備段階での様子を中心に描かれ,あまりページが割かれていませんが,準備どおりにうまくいったことを読むだけでその様子が伝わってきます。そして家族に妊娠を打ち明けたことで,愛想を尽かされると思っていたデイジーの予想に反し,返って家族がこの結婚を喜んでくれたことで,デイジーにもすっかり二人の結婚の将来に大きな夢を抱くことができたようです。セブ,デイジーそれぞれの成長譚にもなっています。そんな良好な関係の家族を描いたこのシリーズ,長女のローズのロマンスはスカーレット・ウィルソンが,次女ヴァイオレットのロマンスはソフィー・ペンブロークが描きます。
危険な恋人契約 [ケイト・カーライル]
SHALOCKMEMO1169
「危険な恋人契約 Second-Chance Seduction
( MacLaren's Pride 1 ) 2013」
ケイト・カーライル 長田乃莉子
ケイト・カーライルの新シリーズ[MacLaren's Pride]の第1弾です。ビール製造業を営むハイランド出身でアメリカで活躍するマクラレン家の3兄弟ジェイク,イアン,コナーのロマンを描いたシリーズです。第1弾(原題は「二度目の誘惑」)のヒーローは末弟のコナーと,かつてコナーの恋人で今はバツイチのビール醸造業者マギーことメアリー・マーガレット・ジェームソンの再燃したロマンスを描いています。マギーは父親が冒険好きで事故で命を落としたことでショックを受け,付き合っていたコナーたち3兄弟も命懸けのスポーツを楽しんでいることに耐えられなくなって交際を打ち切ります。その後,コナーたちとは正反対の紳士的な男性アラン・コズグローブと結婚しますが,マザコンのアランと義母は極限までマギーに精神的プレッシャーを与え,その人生や考え方までを支配しようとします。そしてマギーが耐えられなくなったとき,義母が突然亡くなり,それと同時にアランから離婚を申し渡されたのでした。実家に戻って祖父の元で暮らすマギーはその後も精神的疾患を得て,医師のもとに通いながら父の工場だったビール工場を復活させ,新作ビールを作るようになっていました。しかし尊敬している祖父が病を得て,その治療費が膨大な金額だったため,仕方なくコナーの元に行き,ビールの製造法と交換に融資をしてくれないかと頼み込むのでした。マギーに捨てられたと思い込んでいたコナーは復讐の気持ちも働き,融資の代わりに2週間ビール・フェスティバルの期間中,自分の相手役を務めるように条件を出すのでした。フェルティバルのため地元のホテルはすでに満杯になっており,コナーの宿泊するスイートしかあいているところはありません。仕方なく,と同時に再びコナーとの関係の復活の期待もありマギーはこの条件を呑まざるをえませんでした。病気の祖父の元にはコナーたちの母のディードラが様子を見に行くということでなんとかマギーは自分を納得させるしかなかったのです。人前に出ることやパーティで踊ることは,かつての自分には何の問題もなかったのですが,夫によって常に監視と欠点を指摘され続けたマギーにとっては,人前で何か失敗するのではないかというプレッシャーが強く,コナーが自分を無理やりパーティに引っ張り出すのは耐えられなかったのですが,いつまでも夫の亡霊につきまとわれてはいけないと自分を戒め,勇気を振り絞って行くのでした。そしてそのことをコナーに打ち明けることによって,コナーが全面的に自分の見方をしてくれることに勇気を得てフェスティバルを愉しもうという気持ちも湧いてきました。そんなコナーの優しさに触れ,二人は再び関係を復活させることになるのでした。大切なビジネス相手の夕食会や最終日前日のダンスパーティにも参加して自分の価値を再認識し始めたとき,マギーを陥れようとする大きな事件が持ち上がります。非難されようとしているマギーを見つめるコナーの目に非難の色が浮かんだことを確認したマギーは,いそいでコナーの元を去ろうと決意します。さぁ,二人の関係はどうなるのでしょうか。
マギーの祖父アンガスとコナーたちの母ディードラがマギーを立ち直らせるためたてる計画の場面では,人情味あふれる,スコットランド人らしい計らいに思わず涙がこぼれてしまいます。3兄弟の中兄イアンの夫婦仲の問題も時々顔を出し,次作への期待を感じさせながらシリーズ第1作が締めくくられるのも興味深いエピローグになっています。
ボスが授けた宝物 [キャサリン・マン]
SHALOCKMEMO1168
「ボスが授けた宝物 Pregnant by the Cowboy CEO
( Diamonds in the Rough 3 ) 2015」
キャサリン・マン 北岡みなみ
「野の花を愛した大富豪(SHALOCKMEMO1012)」「七日間だけのシンデレラ(SHALOCKMEMO1090)」につづくシリーズ第3作です。マクネア家の双子の兄に続き,娘のアメジスト(エイミー)がヒロインです。人生の最後をかけた大仕事,この複合企業のそれぞれを担当するアレックス,ストーンそしてエイミーにふさわしい伴侶を見つけてからこの世を旅立ちたいと考えたマライア・マクネアの謀は一つ一つ成功していきます。そしてエイミーに課せられた課題はジュエルズのCEOとなったプレストンとCMのための出張に世界各地を回ることでした。すでにその前に出会ってすぐにパーティ会場を抜け出してロッカー室で衝動的に深い関係を持ってしまった二人。その結果のエイミーの妊娠。テンポの速い展開に驚くばかりですが,かつて仕事一筋で最愛の娘を亡くしてしまったプレストンは,エイミーに惹かれながらも,どうやってエイミーを愛したら良いか分かりません。また小さい頃からステージママである母親の人形として美人コンテストに出続けていたエイミーも,美しいばかりでなく自分に何ができるかで評価して欲しいという贅沢な悩みを抱えています。祖母マライアの課題はこの悩みに輪をかけて妊娠を言い出せない自分に課せられた課題だと考え,プレストンとの関係を考えていく旅行になります。回る途中でエイミーの双子の兄アレックス一家が訪ねてきたり,プレストンの別れた妻が夫婦同伴で訪れてきたりと,結構波風が立つのですが,子供のために結婚しようとプロポーズするプレストンにNoを言い続けるエイミーの気持ちは,子供のためだけでなく自分を愛するから結婚して欲しいと言って欲しいのでした。その気持ちに気付いたプレストンが思い切った方法でエイミーに愛していることを表現するのでした。このイベントが功を奏して,プレストンの本当の気持ちを理解したエイミー。エピローグでは第1弾第2弾で登場したオールメンバーが集まりますが,すでにマライアは鬼籍に入り,その代わりプレストンとエイミーの双子の子どもたちがマライアとマクネアの名前を受け継ぐ(苗字はプレストンの苗字になりますので),というしゃれた展開になっていきます。大団円にふさわしい結末に納得の1作です。
ねじれた愛 [アビー・グリーン]
SHALOCKMEMO1167
「ねじれた愛 The Bride Fonseca Needs
( Billionaire Brothers 2 ) 2015」
アビー・グリーン 松本果蓮
「もつれた愛(SHALOCKMEMO1013)」の姉妹編です。Mills & Boon版の表紙のイメージがヒロインのダーシー・レノックスを見事に伝えています。ソフィア・ローレンを思わせる豊かな凹凸に富んだ体躯と豊かな髪,そして小柄でもスタイルの良さを強調するギリシア風ドレス。秘書から富豪の妻へのシンデレラストーリーですが,夫となるマクシミリアーノ・フォンセカ・ロセッリ,通称マックスとの便宜的結婚が本物の愛へと変わっていき,幸せな生活に至までを描いたロマンチックな物語です。二人が本物の愛に気付いていくまでの起伏に富んだあれこれも無理なく適度な割合で起こる互いの気持ちの変化に支えられ,終末に向かって徐々に高まっていく様子は,さすがと思わせる筆力です。これぞロマンス小説というのを読みたい人にとっても,始めてロマンス小説に接したいと思う人にとっても最適の作品と言えるのではないかと思います。姉妹編を読まなくても単独で楽しめるイチオシ作品です。
美しすぎた獲物 [ケイト・ウォーカー]
SHALOCKMEMO1166
「美しすぎた獲物 Olivero's Outrageous Proposal 2015」
ケイト・ウォーカー 槇 由子
母親のカジノでの借金を返すために会社の金を横領してしまった父親,二人の犯した罪を購うために便宜的結婚をせざるを得なくなった上流階級の娘アリス・グレゴリー。自分が婚外子であり,父に認知してもらうために異母兄の狙っていた女性を奪おうとしてアリスに近づいたダリオ・オリヴェロ。二人の思惑が交差して便宜的結婚に踏み切った二人ですが,実はパーティで出会った初対面の時から二人の間には火花のような欲望と引き合う力が働いていたのでした・・・。そして,以外とこじんまりした結婚式を教会で挙げた後トスカーナのダリオの豪邸でのハネムーン。何週間にもわたって二人は蜜月を愉しみます。そしていよいよダリオに仕事のメールが来始めたとき,アリスは急にロンドンに帰るぞと言われ慌てます。せっかく親からもアレックスからも自由になりイタリアでの生活に馴染み始めていたからです。そして数日前から襲ってくる吐き気とも・・・。荷造りの途中で偶然見かけたダリオの父からの手紙。それはアリスにこれが契約結婚だということを思い出させる決定的な文面でした。腹を立て,ダリオにすっかり騙されていたことに情けなさを感じたアリスは,一人で出ていくと宣言し,親友の元に身を寄せます。失って分かる互いの大切さ。素直にそれを認められるか,それともプライドか。何を投げ捨てででも愛する人と共に過ごしたいと思うか。教会での誓いの言葉がずしりと二重カギ括弧で登場してくる場面です。余韻を残さずにすっきりと終える思い切りの良さも手伝って,好印象のまま読み終えることのできる作品です。
邦訳版の女性モデルさん,ちょっとふっくらして見事なブロンドの,しかも正面顔ではなく横顔が愛らしいモデルさんですが,「シンデレラの婚前契約 R-3116」と同じモデルさんですよね。
パリ,背徳の一夜 [ダニー・コリンズ]
SHALOCKMEMO1165
「パリ,背徳の一夜 Seduced into the Greek's World 2015」
ダニー・コリンズ 吉村エナ
ダニー・コリンズの作品はまだ未訳のものが多いですが(本作で4作目でしょうか),これまで訳出されたものは他の作家とのシリーズものが多かったため,独自の作品の訳出は,本作が初めてのようです。しかも本作に登場するヒーロー,デミトリ・マクリコスタの兄姉たちを主人公とした姉妹編もすでに出版されているようで,今後それらの訳出が楽しみです。
さて,本作のヒロインはITスペシャリスト,内容からするとどうもシステムエンジニアっぽい気がしますが・・・,シングルマザーとして5歳の娘ゾーイを育てているナタリー・アダムズというカナダ人女性です。ナタリーの元夫でゾーイの父親ヒースは,結構意気地なしの男性で,結婚生活に向かない無責任男のようですが,その母のクローデットは母性愛にあふれた優しい女性で,いつもゾーイの面倒を見てくれています。自身の両親と弟を亡くしているナタリーにとって実母と同じぐらい頼りになる義母です。さて,カナダのモントリオールにある「マクリコスタ・エリート」から派遣されて,今回はヨーロッパのマクリコスタ・ホテルのIT関連のチェックや講演をして回っているナタリーが,パリで出会ったのが,マクリコスタ兄弟の末の息子デミトリでした。ところで,このパリのホテルのオーナーはデミトリの姉アダラの夫ギデオンですが,デミトリはギデオンとナタリーがフロアで親しげに話をしているのを見て,ナタリーがギデオンを誘惑していると勘違いしてしまいます。どうしてそんな思いに至ったのかを本作で詳しく知ることはできませんが,以前そんなことがあったようだということは仄めかされています。それはきっと別の作品で書かれているのでしょう。([More than a Convenient Marriage? 2013]に登場?)その誤解は姉アダラの説明で解けるのですが,失礼な態度を取ってしまったデミトリとギデオンの間にはなにかわだかまりが残ってしまいます。さて,この件をきっかけにデミトリは「短いブロンドの髪」のナタリーに久しぶりに女性への興味が強く沸くのを感じ声を掛けるのでした。ここでナタリーも小麦色の肌のギリシア生まれのデミトリに元夫以外の男性としては初めての強烈な魅力を感じ,故郷を離れている非日常の中にいるという想いも手伝って,あっという間に二人の関係は深まっていくのです。デミトリほどの男ならきっとモデル美女たちが引きも切らず寄ってくるだろうということはわかっていても,そしてそれらの美女たちに子持ちのバツイチの自分が勝てるはずのないこともわかっていても,デミトリからの誘いに乗ってしまう自分にあきれながらも,その想いを止めることができないのでした。互いの生い立ちや,過去の傷を明かし合った二人は離れがたくなっていきます。そして姉アダラの誕生パーティにナタリーを伴うことにしたデミトリ。ナタリーもデミトリと兄弟家族のあいだにあるわだかまりを聞いていたことから,知らない人たちばかりのこのパーティに参加することにしぶしぶながら同意します。このパーティにはデミトリの異父兄のニックとその妻ローワン([No Longer Forbidden? 2013]に登場?),そして兄のテオとその妻ジャヤ([An Heir to Bind Them 2014]に登場?)も出席しています。ナタリーの励ましもありなんとか家族との和解に成功したデミトリは,テオやニックの励ましで,ナタリーとの仲を真剣に考えはじめます。しかし,子持ちバツイチのナタリーにとって,娘ゾーイがなにより最優先。デミトリとの中もゾーイのことを中心に考えなくてはなりません。さて,子供への関心などなさそうなデミトリがゾーイにどう接していくのでしょうか。終盤でゾーイが発する台詞がとても気が利いています。この素敵な一言が読む者をきっと笑顔にしてくれます。
シークの隠された妻 [リン・グレアム]
SHALOCKMEMO1164
「シークの隠された妻 The Sheikh's Secret Babies
( Bound by Gold 1 ) 2015」
リン・グレアム 春野ひろこ
原題は「シークの隠された子どもたち」。オクスフォードでの大学生活の間に出会ったクリスティーナ・ホイッティカー(クリシー)と結婚した砂漠の国マルワンの皇太子ジャウルは,クリシーをマルワンに迎えるため一端帰国します。しかしその時内戦が起こりジャウルは部下と共にミサイル攻撃を受け大怪我をしてしまうのでした。その間,イギリスに残っていたクリシーの元を当時のマルワン国王ルットが訪れ,息子の嫁にはふさわしくないので別れるよう迫ります。そして多額の小切手を残し,ジャウルと住んでいたフラットから追い出したのでした。クリシーは姉のエリザベッタ(リジー)のもとに身を寄せ学業を続けようとしましたが,ジャウルとの関係で妊娠したことを知り,愕然とします。そして出産した双子にタリフ(男の子),ソラーヤ(女の子)と名づけ,二人を生きがいとして生きてきたのでした。最近,ルット国王が亡くなり,ジャウルが国王となります。そしてクリシーは臨時雇いの教師として小学校の幼児クラスを担当していました。学期が終了して長期の休みに入った日に,クリシーの元をジャウルが訪れ,自分を捨てたジャウルから衝撃の告白があります。二人の結婚は無効だと聞かされていたのに,ジャウルは双方のどちらからも離婚の申し立てがなく,実はあの時の結婚はまだ法的に有効であったというのです。
若くして燃え上がった二人が,若いときの強情さで折に触れて喧嘩が絶えず,それでも情熱に任せて幸せだった初めの結婚から,互いに成長し,二人の結婚を阻もうとした父王,そして祖父母の不幸な結婚生活(祖母もまたイギリス人)の影響で,すっかり固定観念に縛られていたジャウルが,クリシーの側から,過去に受けた苦しみを聞かされて,それが真実であることを知り,互いの愛の深さに気付いていくという大きな流れのある成長譚です。イギリス式のウエディングドレスでの二度目の結婚式と,民族衣装での三度目の結婚式を経て,マルワンの国民に受け入れられ,専門の幼児教育に関する国政への参加など王妃としての役割をこなしつつ,ジャウルとの家庭を大切にしていくクリシーの成長を描いた余韻のあるシンデレラストーリーでもあります。
二人のティータイム [ベティ・ニールズ]
SHALOCKMEMO1163
「二人のティータイム Dearest Mary Jane
(恋人はドクター) 1994」
ベティ・ニールズ 久我ひろこ
しゃれた邦題のベティ・ニールズ作品です。モデルで美貌にあふれた,しかし俗物の姉フェリシティを持った,特に綺麗だとも自分で思っていない,いわゆる目立たない性格美人の少女メリー・ジェーン・シーモアは,片田舎の生活に馴染み,叔父・叔母の残した遺産で建てた喫茶店を経営しています。小さな村で近隣の人たちと助け合いながら生活しています。背は高くなく,少しやせすぎていて,顔立ちはおとなしく,薄茶色の長い髪と長いまつげに縁取られた菫色の瞳をもつメリー・ジェーンですが,その瞳に見つめられたとき,誰でも始めて彼女がありきたりの娘ではないことに気付くのでした。スコーンや紅茶,コーヒーといった簡単なものを出し,村の人たちや,旅行途中の人たちが気軽に立ち寄る店で,なんとかぎりぎりの生活をしていても,メリー・ジェーンはいつかは素敵な男性が自分を見初めてくれるのではないかという夢は普通の女子と同じようにもってはいるのです。あるとき,閉店間際に美女を連れた大柄な男性が魅せに駆け込んできてお茶とスコーンを注文します。表には彼が運転してきたらしいロールス・ロイスの車が駐車され,きっとお金持ちなんだろうと想像できました。数日後,店の向かいの老女姉妹の病院への付添を頼まれて病院に行ってみると,先日訪ねてきた男性が医師としていたのです。看護師に名前を聞くとサー・トマス・ラティマーという名前だと分かりました。サーの称号をもつ医師。トマスとメリー・ジェーンの関係のスタートです。
細々とした日常を描きながら,少しずつトマスとメリー・ジェーンの人生が交差していきます。二人の関係を邪魔するのは,メリー・ジェーンの従兄弟のオリヴァー,そして姉のフェリシティです。姉は直接的にトマスの誘惑を試みますし,オリヴァーはなにかと噂をメリー・ジェーンに告げては不安をあおる役割を果たしていきます。特にトマスがオーストラリアに出張している時期にフェリシティもまたオーストリアに行っていたという事実をオリヴァーが告げた時は,もうメリー・ジェーンはトマスとの関係は絶望的だと思ったのでした。しかしトマスの母と家政婦や,ロンドンのトマスの家の使用人たちは,皆メリー・ジェーンを気に入ります。そして,最後の大どんでん返しは,作者ベティ・ニールズの得意とするところです。とても爽やかで愛らしく,礼儀正しいメリー・ジェーン。ヒロインとして,かなりナイスな存在です。
氷の皇帝に愛を捧げ [ミシェル・コンダー]
SHALOCKMEMO1162
「氷の皇帝に愛を捧げ Russian's Ruthless Demand
(ホテル・チャッツフィールド 14) 2015」
ミシェル・コンダー 山本翔子
原題は「ロシア人の無慈悲な要求」。チャッツフィールド・シリーズ第2シーズンの6作目です。ハリントン・ホテル・チェーンとチャッツフィールド・ホテル・チェーンの確執を描いたこのシーズンも大分煮詰まってきました。ハリントン家の美女3姉妹の末娘エレノアが本作のヒロインです。おそらく3姉妹の中でももっとも美貌に優れていると思われるエレノアは,姉たちからいわゆる味噌っ子にされています。自立した道を歩むため,大学で建築学を専攻し,副専攻でインテリア・デザンを修め,さらに動物愛護の精神にあふれています。シンガポールで氷の芸術となる建物を設計し,大成功を収めます。そこに登場してくるのが本作のヒーローでロシア人のルーカス・クズネツコフ。船舶をベースにした事業を精巧させ,今や大富豪となった彼も,もとはロシアのペテルスブルグのストリート・チルドレンだったという秘められた過去を持っていました。父は誰か分からず,母親にも捨てられ,孤児院を抜け出してから,偶然出逢った恩人に船乗りとして仕事をもらい,現在の地位まで上り詰めた三十代初めの男性です。ルーカスがロシアに氷のホテルを作る計画が,建築家の突然の辞任で計画が頓挫しかけたとき,エレノアがシンガポールで同じような建物の設計に携わったことを知り,ヘッドハンティングしたのでした。エレノアの条件は一つ。完成する氷のホテルにハリントンの名前を冠して欲しいというものでした。このホテルが話題になれば,会社の中での自分の実力が認められ人生の目標リストの中の最上位,「昇進」が果たされると考えたからです。次々と新しいアイディアを出し斬新なホテルの設計を成し遂げていくエレノア。女性としての美貌とその実力に惹かれていくルーカス。そして男性的魅力にあふれたルーカスにさしものエレノアも人生の目標リストの第5位だった「結婚・恋愛」に次第に傾いていく自分を止めることが難しくなっていくのでした。そしてホテルの完成パーティのあとに,二人は遂に結ばれます。これまでどの男性とも関係を深めたことのかなったエレノアはルーカスを愛してしまったことを悩むのでした。そして長女のイザベルから極東地域の重要な地位を与えられたにもかかわらず,それを断り,建築家として自立する道を選んでいくのです。
これは愛の物語であると同時に自立への道を模索するエレノアの成長譚でもあります。そして職業的自立と愛が相反することでなく,互いに補強し合うものだというメッセージも込められていると思います。