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愛を宿した個人秘書 [ダニー・コリンズ]

SHALOCKMEMO1467
愛を宿した個人秘書 The Consequence He Must Claim 2016」
ダニー・コリンズ 遠藤康子





 原題は「彼が請求すべき結果」
 ヒロイン:ソーチャ・ケリー(?歳)/個人秘書/ブロンド,華奢な体型,清らかな顔立ち,美しく丸みをおびたヒップ/
 ヒーロー:セサル・モンテロ(?歳)/世界的科学技術企業の経営者,スペイン貴族カスティリョン公爵の息子,子爵/青い目,青い瞳(アクアブルーの瞳),黒い眉/
 前作「イタリア富豪の孤独な妻(SHALOCKMEMO1420)」の関連作です。3年間も個人秘書をしてきた雇い主と目眩く一夜を過ごし,婚約を断るつもりで婚約者に会いにいった雇い主のセサルは事故に遭い全身に大火傷を負います。それと同時に事故前の1週間の記憶も失ってしまっていたのです。まぁいろんな状況の変化を説明するのに記憶喪失はとても都合のいい設定ではありますが,1週間分のみの記憶喪失はあり得ないとは言えないまでもかなり特殊な例なのではないでしょうか。そこがまずは引っかかってしまって,なかなか読了までは遠い道のりでしたが,ソーチャがセサルを思う真摯な愛情と,二人の間に結晶が宿っていること,そして育ちが良く美貌に溢れてはいるけれども,意地悪で自分の都合しか考えない愛情の薄いお嬢さんでセサルの婚約者だったディエガの存在などロマンス小説に欠かせない人物設定が揃っている本格的ロマンスであることは,本作の大きな魅力となっています。「あの夜の出来事は必然だった」とソーチャは回想します。個人秘書として一線を画しながらも3年間セサルを愛し続けてきたソーチャ。「でもその結果,この先セサルと結ばれて一生幸せに暮らせるのだと思い込んでしまった」一方で「自分がセサルの結婚相手にふさわしくないことは百も承知していた。」結局自分は「取るに足りない小さな存在なのだ。」一夜を過ごしてセサルの愛を確信したと思っていたソーチャですが,病院に見舞いに行ったソーチャをセサルに会わせないためにディエガは「セサルはとても後悔していたわ。婚約を今にも発表しようというときに,どうしてあんな行為に走ってしまったのかって。それに,あなたを欲望の対象にしてしまったことも,後悔していたと思うわ。それまではとても尊敬していたのにね」とディエガに言われてしまい,当時のセサルの気持ちはソーチャとディエガが入れ替わった立場だったことを確信してはいても,セサルの家族やディエガの家族から見れば,ディエガの言い分が正しいことを否定するだけの確証は,セサルが記憶を失ってしまっている現状では何処にもなかったのです。モンテロ家とフエンテス家の婚姻関係が大きなビジネスのチャンスであることから,セサルが入院している間に着々とディエガとセサルの婚約の話しは進んでしまっていたのでした。未婚の母として地域社会の中で蔑まれてきた母が不憫で,「子供が出来たと打ち明ければ,母は辛い香子を思いだし,再び苦しむだろう。それに子供の父親がセサルだと証明できたところでどうなるのだろう?子供が出来れば結婚してもらえるとでも思っていたの」だろうか。名家としては単なる秘書の子供ではなく家柄にふさわしい名家の令嬢が後継者である息子の相手としてふさわしいと考えるだろうし,最悪産まれてくる子供を取り上げられてしまうかも知れないと思い至ったソーチャは,それ以上ディエガに言い返すことはできないまま,会社を辞めて実家に帰るのでした。それから数ヶ月。無事出産を終えたソーチャを再びあり得なそうな出来事が襲います。当日複数の出産が行われ,救急患者も搬送されてきたためにソーチャの子供と同時間帯に出産した別の女性オクタヴィア・フェランテの子供が取り違えられてしまったのでした。我が子を連れてこられた二人の産婦が互いに我が子ではないと気づいたのです。そしてそのことは検査の結果,女性たちの言い分を確認するために,病院はソーチャの赤ん坊の父親であるセサルに問い合わせしてしまいます。セサルに出産を知らせるつもりのなかったソーチャの知らないところでそんなことが行われていたのでした。病院側はもちろん責任問題に発展することを恐れ,確証を持って赤ん坊を正しい両親の元に返すことが求められており,血液型やDNA検査が必要であることはもっともなことではありますが,産後すぐのソーチャは病院側がそんな対応をとることは思ってもみませんでした。ソーチャはセサルのセカンドネームをとって「エンリケ」と赤ん坊を呼び,アイルランド風に「リッキー」という相性も考えていました。そして父親欄にセサルの名前を記入していたために病院はセサルに連絡を取ったのでした。
 一方怪我が落ち着き結婚式を間近に母親が式の準備に忙しくしているところで,ソーチャが事故後自分の元を勝手に退職してしまったことに腹を立てていました。「ソーチャは秘書として働いていた間,ビジネスライクな姿勢を崩さなかったので,二人の関係が上司と部下の枠を出ることはなかった。」というのがセサルの記憶だったのです。そんな時セサルの携帯電話にロンドンの病院から連絡が入り,赤ん坊取り違えの確証を得たいので血液のサンプルを送ってくれと言われ,「記憶のない1週間の内に子供が出来てしまったのだろうか?」と思い至ります。記憶が戻ったわけではなく類推したセサルはロンドンに飛ぶのでした。セサルと出会った「ソーチャはずっと前から,セサルと愛しあう瞬間を思い描いてきた。それなのに,その記憶をセサルと共有することができないなんて。」という状況に,読者はその哀れさにぐっと引き込まれていきます。第2章のこのロンドンの病院での事務的な看護師の対応やセサルとの再会で動揺するソーチャの気持ちの揺れの対比がすばらしく効いています。セサル自身は愛情の薄い両親の元で育ったために愛する男女の間でどんな会話が必要なのかという見本がなく育ちました。ディエガとの結婚もそんな家同士の結びつきに過ぎないのは分かっていましたが,結婚とはそうしたものだという思いしかなかったのです。赤ん坊に接するソーチャの態度を見て「セサルは赤ん坊を抱いたことがなかった。それにいつか自分に子供が出来ても,育児は妻や使用人がするものだと思っていた。そう,子供というのは誰から面倒を見てくれる存在でしかない」と思っていたセサルはソーチャがエンリケに授乳する様子を見てふと赤ん坊と母親という存在に新しい感情が芽生えつつあることに気づくのでした。かつて有能な秘書のソーチャが一度だけ取り乱したことがありました。アイルランドに住む7歳の姪が数時間行方不明になったと連絡が来たときです。その時のソーチャの愛情の深さにセサルは感動したものでした。セサルがなぜ出産を知らせてくれなかったかと問い詰めると,病院に見舞いに行ってもセサル側の家族もディエガも会わせてくれなかったと訴えられます。「あの日,私たちはその話をしたのよ。あなたは結婚をためらっているとわたしに打ち明けた。だから婚約を破棄することにしたのかと思ったの」とソーチャに打ち明けられて愕然とするセサル。「結婚式は取りやめた」と話すセサルは,ソーチャに「わたしはそんなことをして欲しいなんて言ってないわ。あなたに何かを望んでいるわけではないから心配しないで」とはっきり言い返されてしまいます。「息子のために何かしたいのなら,それはあなた次第よ。でもわたしはシングルマザーとしてエンリケを育てていくわ」と毅然として言うソーチャにセサルはある決意をするのでした。二人の結婚に至るにはなお紆余曲折があるのですが,セサルの事故と1週間分の記憶喪失を埋めるように過去と現在が何度も往復して物語られるのが,充実感をもたらします。そしてセサルがソーチャとエンリケに対して愛に溢れた家庭を築いていけるのだろうかというのが終末までストーリーを引っ張っていくのです。そういう意味で本作はセサルの成長譚というべき作品かも知れません。苦労人ソーチャが世の酸いも甘いも知り,そして秘書と雇い主という関係から夫婦の関係,母親,父親としてエンリケにどう対応していったらよいまで含めて,精神的にセサルよりずっと大人でお姉さん的な存在であり,男性にとってある意味頼りがいのある女性として描かれているのが,女性読者からしたらあまり気持ちのいいものではなくなるのかも知れません。そしてさらにディエガの罠がソーチャに仕掛けられたとき,セサルはソーチャに本物の愛情を感じているのを実感していきます。内容の濃い秀作です。


タグ:ロマンス
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