仮面に秘めた涙 [ジョー・ベヴァリー]
SHALOCKMEMO530
「仮面に秘めた涙 My Lady Notorious 1993」
ジョー・ベヴァリー 小林令子
ジョー・ベヴァリーは,すでに5作品がリタ賞を受賞しているイギリスのベテラン(61歳)ヒストリカルロマン作家ですが,本作が初邦訳作品です。
しかも,本作はリージェンシー作品ではなく,18世紀が舞台ですので,時代設定も特色があるのですが,時代性はあまり感じられず,作品の中に登場するジャコバイトや国王母を除くと,19世紀を舞台にした作品といってもいいほど,新しさを感じさせる作品です。
ヒーローは陸軍大尉で伯爵の弟,シンリック・マローレン。マローレン一族は国王にさえ影響を及ぼすといわれている名家中の名家。その末の弟であるシンリック(通称シン)は,兄である伯爵の影響から逃れ,自立心を保とうと陸軍に入り,アメリカやフランスとの戦闘に参加しています。しかし,肺炎にかかり,死線をさまよいながら母国イギリスに帰還したばかり。出産した姉を訪れるために馬車に乗っているところを追いはぎに襲われます。襲った相手が,ひょっとしたら女性ではないかと感じ,興味を持ったシンは,追いはぎのいうとおり捕虜となり,敵地に乗り込みます。
この追いはぎの正体こそ,本作のヒロイン,チャールズと名乗る男装の伯爵の末娘チェスティティ(チェス)・ウェアだったのです。チェスティティと姉のヴェリティはヴェリティの息子が亡くなった夫の弟ヘンリーが後見人になったため,その命を奪われるのではないかと恐れ,ヘンリー・ヴァーナムの元を逃れ,かつての恋人ナサニエルを頼って行こうとしていたのでした。しかし,旅費を稼ぐため,仕方なくシンリックの馬車を襲ったのでした。
ここから,チェスティティ,ヴェリティ,シンのナサニエルを訪問するための冒険行が始まります。男装したチェスティティ,時に追っての目をくらますために女装するシン,チェスティティの父からの追手,ヘンリーからの追手,そしてシンの行方を捜索するマローレン家の追手の三方からの追手の目をくらまし,なんとかナサニエルを訪ねようとするこの奇妙な逃避行は,読者をハラハラドキドキさせ,また,笑わせ,そして物語の謎を一層複雑にさせていきます。
ここからはネタばれありの感想です。
それにしても,チェスティティに対する父親ワルグレーヴ伯爵の迫害は群を抜いています。さすがに父の悪業を初めは認めがらなかったチェスティティの兄フォーティテュードも,目の前で妹が暴力をふるわれているのを見て,妹の見方に回ります。
また,ヴェリティも無事ナサニエルに出会い,ついには再婚に至ります。
そして,シンリックも兄ロスガー卿の助けを借りてチェスティティとの愛を成就することができるのですが,そこに至るまでの複雑な人間関係が,見事に描き分けられ,メアリー・ジョー・パトニーに評されたように,まさにストーリー・テラーの面目躍如たる堂々としたリタ賞受賞作です。
今年初めの読了本としては,最高にすばらしい作品に出会いました。
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