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悲しみに聖女の祈りを [キャリン・モンク]

SHALOCKMEMO504
悲しみに聖女の祈りを The Prisoner 2001」
キャリン・モンク 幾久木犀





原題は「囚人」。カナダのヒストリカル作家キャリン・モンクの「孤児」シリーズの第1作です。「囚人」にしろ「孤児」にしろ,あまり興味を惹きそうにない表題ですが,読んでびっくり,まさに心洗われる愛と悲しみと再生の物語です。
19世紀半ばのスコットランド,子爵の娘ジュヌヴィエーヴ(作者の娘さんと同じ名前だそうです)は,インヴァレアリー監獄でジャックという名の16歳の少年を引き取りにいきます。ジュヌヴィエーヴは,これまでにも監獄に収監された少年少女たちの身元引受人として,家に連れて帰り,愛情込めて育てていたのでした。しかも,自分の家財を少しずつ売って生活費を稼ぎ,さらには監獄のトムスン所長に謝礼まで払って,子供たちの身元を引き受け一緒に生活していたのです。当時の監獄はどんな状況だったのでしょう。現代と比べても収監された人たちの人権が守られるような状況でなかったことは容易に想像できますし,看守たちの収監された人たちへの暴力などもあったことでしょう。それでも,このインヴァレアリー監獄は国内屈指の先進的な環境を備えた場所だったらしいのですが・・・。
そこで,ジャックが看守に暴力をふるわれようとしていたとき,自分の危険を顧みず,ジャックを守ろうとした囚人がいました。囚人は,翌日死刑台に送られる予定のレドモンド侯爵ヘイドン・ケントでした。少年ジャックは,ジュヌヴィエーヴと所長,看守たちがジャックの身元引き受けの手続きをしている間にわざと騒ぎをおこし,監房の鍵をこっそり開け,ヘイドンの脱獄を助けるのです。実はヘイドンは町で暴漢たちに襲われ,自分の身を守るためにその一人を殺してしまったのです。いわば,正当防衛だったわけですが,誰もそれを見ている者もなく,しかも仲間の暴漢たちはすっかり身を隠してしまったため,ヘイドンだけが殺人の罪で死刑が宣告されたのでした。脱獄したヘイドンがジュヌヴィエーヴの家を訪ねてきますが,ジュヌヴィエーヴは殺人犯かもしれないヘイドンが,監獄でジャックをかばおうと自分の身を危険にさらしたことを知っていたので,ヘイドンの心の奥に真の優しさがあることを見て取り,別人に扮したヘイドンと結婚したことにして一緒に暮らすことにします。
ジュヌヴィエーヴの家にはジャックの外にグレイス,シャーロット,アナベル,サイモン,そして弟のジェイミーという少年少女が一緒に生活をし,執事のオリヴァー,家政婦のドリーン,料理人ユーニスが家事を担当していたのですが,子供たちだけではなく,大人たちもかつて何らかの犯罪に手を染め,監獄に収監された経験を持っていました。しかし,本書の全編を通じて,これら9人の一人一人が実に生き生きと描かれ,しかも互いを思いやる気持ちをもって生活し,かつての自分の不幸だったことを乗り越えて生きていこうとするたくましさをもった人たちであることが,読者の心に感動と勇気を与えてくれます。
家族となった人々の生活を支えているジュヌヴィエーヴに収入の道はありません。経済的な危機に陥った一家に,ヘイドンはジュヌヴィエーヴの描いた絵を画廊に持ち込み,グラスゴーで個展を開き絵を売る話を画商に勧めます。画商も絵のすばらしさは認めたのですが,女性が描いた絵を素直に才能を認めるほど当時のスコットランドは女性の地位が高くはなかったようです。そこで,フランスの謎の覆面作家の描いた絵という作り話を仕立てて成功し一家にもやっと光明が見えてきます。ところが,グラスゴーで出会ったかつての親友から,ヘイドンは正体を見破られてしまい,危険を察知したヘイドンが家を出ようとしたところに警官が踏み込んでくるのです。
さあ,ヘイドンの運命や如何に。互いに思いを寄せるようになったジュヌヴィエーヴとのロマンスは成就するのか。そして一家の子供たちや大人たちはこれからどうなるのか・・・。物語は急展開し,一気に解決に向かいます。かつてすねに傷をもつ大人たち,不幸な生い立ちで世の中からつまはじきにされた子供たちがヘイドン救出にさらに大活躍します。まるで痛快時代劇,印籠は出ないものの水戸黄門のようなすっきりした解決にすっかり溜飲を下げることができます。一方,その過程で明らかにされるヘイドンと復讐を果たそうとする敵役との不幸な過去,それぞれが乗り越えなければならない後悔の気持ちがこの作品の奥深さをもたらしています。子供たちがそれぞれ活躍する続編が訳されるのが期待される傑作です。


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